国際経済運営の日米欧協力
日米欧委員会・東京総会での提言市場からの重大な警告1987年10月19日(月曜日)に、ニューヨーク市場で株価が急落(ピーク比マイナス36%)し、それがたちまちのうちに東京・ロンドンをはじめ世界各地に波及しました。
さらに、その余震がおさまらないうちに、ドルがかなりのスピードで下落しました。
この株式および為替市場における出来事は、短期的性格を持った悪材料(たとえばアメリカの貿易収支の遅々たる改善、アメリカでのジリジリと上昇する物価と金利)が集中的に重なったため生じた面もあり、またコンピュータによるプログラム売買の人知に対する"からかい"の一面もありました。
高官の不用意な発言も影響したでしょう。
・・・しかし、もっと真面目に考えれば、これは主要国の経済政策と国際協調の実態に対する市場の重大な警告でした。
つまり、その警告は、各国の指導者と政府が、演説では国際協調を幾度も声高にくり返しながら、じつのところ行動では「市場」を納得させるだけのものを、その年の2月のルーブル合意のあとでさえも採用してこなかったことに対して発せられたものです。
1975年にはじめて、今日サミットと呼ばれている主要先進工業国の首脳会議が開かれました。
それは、当時、フランスと西ドイツのそれぞれの指導者であったバレリー・ジスカールデスタンとヘルムート・シュミットのイニシアチブによるものでした。